「少欲知足」の意味

時間が経ったので書いてみる。
何か月も前のことだけど、すごく空しいと思ったことがあった。

行政の支援を受けながら生活している人に、別のかたからの依頼でお仕事を繋いだ。
アクセサリー製作の依頼だった。

そのかたが、好きなことをお仕事にしたいとおっしゃるので、時間も費用もかけて、準備の協力をした。
打ち合わせをしたり、商品に添えるカードを作ったり。
包材も、私が費用を出して購入した。
そのかわり、商品が売れるたびに少しずつ、その分をこちらの経費としていただく、という約束だった。
利益配分もきちんとお話しして決めた。

その矢先に、彼女のほうにいろいろなトラブルがあり、お客様をお待たせすること2ヶ月。
出来上がった品にメッセージカードを作成してラッピングし、お納めし、代金をいただいたのでそのかたに利益のお支払いをしようと連絡をした。
(材料費は、すでにお支払いしてあった)

すると、

私、お金儲けをしたくありません。
私の生き方の根本は、仏教の教え、少欲知足です。

というようなお返事が来た。
発生した利益は、私と、紹介者とのあいだで分けてくださいということだった。

彼女が何を言いたいか理解するまでにとても時間がかかった。
何度も読み返した。

2日くらい経って、ようやく、あ、そういうこと、と合点がいった。

その人はいつも、仕事をしたいと言っていた。
でも、仕事先ではどこでもトラブルがあって長くいられないし、仕事をしようとするたびに、親や子どもにいろいろ起こって…と言っていた。

ちょっと引っかかるものはあったけれども、私はその言葉を信じた。

彼女だって、意識の表層では、ほんとうに仕事がしたいと思っていただろうし、今だってそうかもしれない。

でも、意識の深いところでは、彼女は実は仕事を始める→行政の支援がなくなる、ということを怖れているのだな、ということに思い至った。
仕事をしようとするたびにいろいろ起こる。
それだって、一種の引き寄せだ。
引き寄せって、ラッキーなことばかりじゃないのだ。

彼女に問えば、違うと言うだろうけど(問う気もないけど)。

支援は、必要なことだと思う。
社会に、こういう制度があるということは、とても大切なことだ。

でも、そうした支援を受けながらも、できる範囲で仕事をしている人だっているし、やがてそこから抜けていく人だってたくさんいる。

彼女は、
「私、お金をもらえないんです、でも作るのは好きだからあげちゃうんです」
と言っていた。
(そして、そう言いながら、今回のお仕事のきっかけをくれた人に、自分ならもっと安くできますよ、というメッセージを送っていた)

それにもびっくりしたけれど、それ自体はどうでもいい。
コスト、という感覚が完全に抜け落ちているのが、ほんとうに衝撃だった。

少なくとも、ひとつの仕事を、たとえば事務所を構えたり、経費など、諸々のリスクを背負ってやるとしたら、とても材料費だけではできない。
その材料費だって、その時に必要なものを必要な数だけ購入できるかといえばそうではない。
製作にかける時間にだって、費用が発生する。
ギフトボックスやカード用のOA用紙、プリンターのインク…
ショップカードやアクセサリーのメッセージカードの製作にかかる時間、発生する費用…

それ自体は、お遊びめいたものかもしれないし、私自身、実際にこれが大きな利益を生むとは思わなかったけれども。

私は彼女に『仕事をする』という感覚を少しずつ持ってもらい、お子さんが大きくなるまでに、何か適職へのヒントを得てほしい、という想いで、協力をしたつもりだった。

だからこそ、彼女の言葉にはほんとうにびっくりした。

そして、その時、とあるスピリチュアルティーチャーから聞いた言葉が脳裏によみがえってきた。

「スピリチュアルを語るなら、納税してから言いなさい」

そのティーチャーの師にあたるかたの言葉だと聞いた。

聞いた当時は、その意味がよくわからなかった。
その頃は会社員だったので、税金は納めるというより、「引かれる」もの、という認識だった。
納税?してるよ?って感覚だった。

納税うんぬんは人それぞれ、意見があるだろうと思うけれど、今、私は、その言葉は一面の真実だと感じる。

いつも誰かに「あげてしまう」と言っていたアクセサリーの材料費を含む、彼女の生活を支えているお金は、誰かの仕事があって、その結果としての利益があって、納税をした、その中から拠出されたものだ。

自分のもとに定期的にやってくるお金が、どこから出ているのか考えたことがない、ということはまさかないだろう。

彼女は、今の生活を抜ける、という現実に直面したくないのだな、と私は数日かけて理解した。
利益を上げることを否定してしまったら、彼女の生活の、それこそ根幹が揺らぐのだけど、その矛盾には目を向けることなく。

私を混乱させたのは、彼女の「少欲知足」という言葉だった。
その言葉さえなければ、話はもっと簡単だったのだけど。

…でも、それって、少欲知足と言えるでしょうか?

私がこの問いを発した時、ある人は笑い、ある人は目を剥いた。

…つまりは、そういうこと。

最後に、蛇足ではあるけれど…
本来彼女にお支払いすべき利益は、とあるお社に浄財としてお納めさせていただいた。
夏越の大祓の日に。


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